2017年08月19日 記事一覧



2017年8月16日 名取市美田園第一仮設住宅駐車場において開催された盆踊りは

恵みの雨が降り続く中でしたが延べ人数450名の方々が来場されました。

県外からの多くの応援者が支えてくださったことがその理由の一つです。仮設住宅を卒業された方々、道を挟み向かえ側に集団移転された美田園北住宅(仙台空港前の北釜地区からの移転者が多く住む地区)の方々、雇用促進住宅(借り上げ仮設住宅)などの他の仮設住宅からの方々・・・本当にたくさんの笑顔を見せて頂きました。

一番お伝えしたいことは、被災された当人が主催し、それに賛同する京都・浜松・東京などから駆けつけて応援をしてくださる方々が、主催者の意向に合わせた支援を継続してこられたことです。矢沢ファンが結集したチーム絆・青葉ライオンズクラブ・西本願寺・ダイナムなどの皆様の後ろから支える力で、盆踊りに参集された450の笑顔を作ってくださったことです。

そのお力で4回もこの盆踊りが発展し継続してきました。来年は閖上に戻った住民にバトンタッチされます。と美田園第仮設一住宅自治会長の高橋善夫氏が挨拶されました。海鮮焼き・仙台牛焼き・ミニSLも走り、歌謡ショーなどの多くの楽しみにより話題が尽きることはなく良い時間が共有出来ました。

閖上太鼓の時間ばかりは晴れました。なんだか不思議な気持ちになりました。

みんなががんばったから今日があります。       2017.8.16

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皆様の祈りのお陰で無事にキャンドルナイトが実施されました。

以下のご報告は小野幸三先生のfacebookより許可を得て転記いたします。

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名取市役所前の広場での閖上のキャンドルナイト、静かに終えることができました。

閖上に津波が到達した15時53分と、キャンドルナイトを終える時刻に、閖上の方を向いて、全員で黙祷しました。

今日は、月命日でもあり、それぞれのところで、静かに、想う時間を持てば良いのです。

わざわざお越しいただいた方、ありがとうございました。

足を運べなかった方のために、紹介させていただきます。★★★★★

キャンドル閖キャンドル311キャンドルアップキャンドル準備キャンドル閖上




坂本さんは高知県県議会議員として、地域の学校関係者と共に東日本大震災の地に研修にお出ででした。地域の人々の命を守るための取り組み中であり、重ねての訪問でした。そして、その日の様子です。

私たち名取市に住む者の意見だけではなく、ご遠方よりお出での方々がどのように感じられたかを皆様にお知らせしたく、お願いして転記させて頂くこととしました。

日和山格井閖上ひまわり八森閖上の昔の津波の石碑

★★★★★最終日は、午前中、下知でもお話しを頂いたりお世話になっている石巻市の今野さんに、日和山から見下ろせる市街地の今の状況、被災地直後のこと等についてお話しいただいた後、門脇小学校や湊地区をご案内いただきました。

 2年前に聞かせて頂いた時の今野さんの思いであるサッカー場が湊第二小学校のグランドにできており、その想いの強さに感心させられました。

 名取市閖上地区の視察では、閖上中学校の八森教頭先生から、当時の被災状況やその後の防災教育等についてお話を頂きました。

 また、これまでも大変お世話になっている閖上震災を伝える会代表の格井さんからは、閖上地区での被災状況そして今の復興状況等についてお話を聞かせていただき、2年前の時よりも新たな課題なども報告いただきました。

 本当に皆さんのご丁寧な対応に、学ぶことの多い最終日となりました。
 この三日間、防災・減災・教育をキーワードにつながらせていただいた方に大変にお世話になり、感謝ばかりです。

 このつながりを大切に南海トラフ地震に向かう子供たちが、そして地域が命を守ることのできるための防災力・減災力を向上させていくために、備えることでお返ししたいと改めて思ったところです。

 

 

漫画館石巻湊

この2枚は坂本さんが撮影された石巻の写真です。

左の写真の右側の中瀬にある白い丸い建物が石ノ森漫画館です。

私が上京するまでこの場に実家がありました。私は毎日のようにここで川底を掘る船を見て育ちました。当時はこの内海橋の前まで来て、巡行船や沖合巻き網船、はえ縄漁船を岸壁につけていたので、川底の深さを保つために常に掘り続けていました。しかし、近年は北上川の河口近くを岸壁とするようになり、川は浅くなっていたように感じます。そのような生活環境の変化も震災に影響を与えたかも知れないと、私たちも勉強を続けています。

 




2017.4 より【閖上復興だより】・【閖上震災を語る会】と【名取交流センター】が一緒になり『一般社団法人ふらむ名取』となりました。

宮城県の『みやぎ地域復興助成金』の応援をいただき、平成29年7月から平成30年3月まで、閖上地区の復興並びに名取市全体での復興にかかわるコミュニティー再生の一助となる活動を実施します。

これまでの【名取交流センター】の活動はhttps://natorikoryucenter.jimdo.com/

震災直後の様子は【国際交流協会ともだちin名取】のカンパンブログに記録が残っています。

 

これまでも3団体の協力体制の中でそれぞれの事業に取り組んでおりましたので、大きな事業内容の変更はありませんが、さらにバージョンアップするよう【ふらむ名取】として努力しているところです。

震災(2011.3.11)以来、名取市から、複数の地区の方々混在する避難所のコミュニケーションが円滑になるような支援をというお声で、2011.3.16から避難所の支援に入り、仮設住宅集会所での支援を開始し、その後、仮設住宅に支援員さんが配置されてからは、借り上げ住宅住民、自宅再建者のために、生協や仙台市民センターなどを借り、お茶会開催、交流の場の提供をしてきました。そちらにも支援員さんが配置されてからは、行き届かない方々の傾聴に回ることを中心に集団移転先美田園北団地のコミュニティー再生に伴走型の支援をしました。常に先々のことに取り組めたのは、閖上復興だよりの皆さんが現場で集めた情報による現状把握が大きな助けとなり【名取交流センター】は長期計画見直しをしながら一緒に歩んできた6年間でしたので、今回の合流は私たちにとっても大きな前進でした。これからも、皆様のご意見を直に聞きながら一緒に前に進みたいと考えます。どうぞ宜しくお願いいたします。       文責:若山陽子 2017.8.9                                                               

2012年の様子③




2017.8.13 18:30 灯明

供養灯篭1 【名取市下増田字屋敷66】

2011年の震災により亡くなられた方々、そしてご先祖の皆様が迷わずに家に帰ることが出来るように

という思いを込めて

仙台空港の直ぐ前に位置する光明山 観音寺(総代長鈴木英二さん)が、

なとり復興プロジェクトの協力を得て

観音寺境内にて灯篭を燈します。

 

観音寺は元より千体仏地蔵堂があった寺でした。

震災以前の名取市HP(2010.2.18更新)をご参照下さい。

http://www.city.natori.miyagi.jp/soshiki/kyouiku/node_28152/node_1793/node_1794/node_1849

http://www.city.natori.miyagi.jp/natori100/044.htm

東京都日野市の高幡不動尊の境内に建つ五重塔の地下に安置されている千体の統制地蔵の作者である陶芸家の渋谷太郎氏が川澄貫主に震災犠牲者、行方不明者の総数を目標に作成した2万1千体の陶製の地蔵尊の安置場所をH25年3月に相談した結果、H26年11月に名取市の北釜の観音寺へと決定し安置しました。

この地蔵堂の再建されたとき、高幡不動尊のご一行が閖上の地を訪問された折に直接このお話を聞かせて頂きました。このような背景がある北釜 観音寺においてまだ、不明の方も1名ある中でとても意義深い灯篭の点火が明日8月13日の18:30にありますのでご案内いたします。

       この記事は観音寺総代長鈴木英二氏の許可を得て記載いたします。

       文責:若山陽子